近江茶の老舗「中川誠盛堂茶舗」@滋賀県大津市

中川誠盛堂茶舗

足を延ばし、滋賀県大津市にあるお茶屋さん「中川誠盛堂茶舗」へ。安政5年(1858年)創業の老舗。過去何度か訪れているが、コロナ明けで久しぶり。

目次

煎茶「日吉茶園」

煎茶「日吉茶園」を購入。こちらは最澄ゆかりの「日吉茶園」の貴重な茶の枝を、滋賀県甲賀市土山町の茶農家が譲り受け、幾年もの歳月をかけて育て、収穫されたもの。

尚、日本最古かどうかは、現在も滋賀県茶業会議所が調査を続けており、まだ正確に立証されていない模様。

日本茶のルーツを求めて中国天台雲霧茶を調査(2023/1/4 一般社団法人 滋賀県茶業会議所)

日吉茶園の地中に眠る老樹の根

日吉茶園@坂本

<日吉茶園(滋賀県大津市坂本)>

お店の方の話では、日吉茶園には昔、大樹の茶木が存在しており、その根が今も茶園の地中に残っているとか。帰宅後に出典を調べた所、日吉神社の宮司による公文書「製茶献進ノ件ニ付具状」に記載を発見。

日吉御茶園は数株の老樹を存し、根幹周囲四尺、高さは八九尺、枝條多し

寔(まこと)に 千古の遺蹤(いしょう)、本躰名木誌中の巨木と云うべきなり

製茶献進ノ件ニ付具状(1918/6/21 著:官幣大社日吉神社宮司、滋賀県立公文書 所蔵)

大正時代、日吉茶園に大きな茶木が数本あったことが記されている。企画展「世界に挑んだ近江の茶ー明治輸出奮闘記ー」の解説が分かりやすい。今後もっと様々な記録がでてくるかもしれない。

「製茶献進ノ件ニ付具状」 大正7年(1918年)6月12日

滋賀県は古くから茶とかかわりが深く、大津市の「日吉茶園」には、伝教大師最澄が唐から持ち帰った茶種を植えたという伝承があります。

この文書は、皇室へ「日吉茶園」の茶を献上することを願い出た際に提出された茶園の由緒書です。

弘仁6年(815年)4月に嵯峨天皇が韓崎(唐崎)に行幸した際に大僧都永忠が茶を献じたという『類聚国史』の記事や、茶園に数株の老樹が存在し、根元の周囲が4尺(約120cm)、高さ8、9尺(約2.4~2.7m)に繁茂していることなどが記されています。

【展示】世界に挑んだ近江の茶―明治輸出奮闘記―(滋賀県公式サイト)

近江の茶

近江には古い在来種の茶樹が残っており、煎茶を作っている。店内でお茶を試飲させて頂く。山吹色の水色が美しい。近江三大茶の土山茶・朝宮茶・政所茶を購入した。生産者の名前が入っているシングルオリジン。

非常に古い「銭百文」の札が展示されており、「明治元年(1868年)、日本最初の交易として、「膳所茶」四十箱、二千斤が信楽焼きの茶壷に入れられアメリカに輸出された際に、膳所藩から茶代金として受け取った藩札です」と言う説明があった。店内各所にこれまでの長い歴史が感じられる。

政所茶 ~宇治は茶所、茶は政所~

茶摘み歌で「宇治は茶所、茶は政所」と詠われた政所茶は、売茶翁が称賛した「越渓茶」(※当時は製茶法が異なり、今のような煎茶ではなかった模様)。在来種の茶を産地全体で無農薬栽培しており、希少な茶となっている。

購入した政所茶を作られている、茶農家さんの茶畑写真を見せて頂いた(※許可を得て撮影)。

滋賀県東近江市政所。愛知川のそば、山の斜面いっぱいに広がる茶畑。中国杭州で見た茶畑を思い出す。茶畑というと幾重にも連なるカマボコ形のイメージが強いが、こちらは手摘みならではの一株一株が丸い饅頭形。

樹齢300年ほどの大茶樹は、一瞬茶の木だと分からないほど。ヤマタノオロチのように枝が何本も地を這っている。生命力の強さを感じる。

政所茶 在来種の幼木

ふと見れば、政所茶の小盆栽が。つやつやと肉厚で立派な葉っぱ。

政所茶 在来種

幼少の石田三成が秀吉に煎じたとされる幻の銘茶。

右の幼木の親木は樹齢400年とも言われ、現在も東近江、政所の山中に現存しております。

中川誠盛堂茶舗 説明版より

一般的には売茶翁のエピソードより、石田三成と秀吉の鮮烈な出会いの逸話「三献茶」の茶であることの方が有名かもしれない。

あかちゃん番茶

「新番茶できました」という時期だったので、各地の病院からも注文があるというカフェインレス・無農薬の「あかちゃん番茶」も購入。その名の通り赤ちゃんも飲める優しいお茶だそうで、滋賀県では昔から親しまれているとか。一般的な番茶と異なり、クセがなくすっきりとした味わい。

元々番茶を購入するつもりはなかったが、気軽に飲む日常の茶として。食事の際、水分補給に茶を飲む習慣があるので、これは重宝しそう。

一般的に、番茶は秋摘みの茶葉が使われるが、中川誠盛堂さんでは、冬に収穫した甘味の強い「春番茶」を使用しているとのこと。そして、茶葉を揉まずに蒸して天日干しした後、釜で炒るという。店先にはその自家製釜がある。

茶ガラを見ると、元の茶葉の形に戻っており、なかなかの量になっている。

近江国 最上氏 旗本札

古い「茶切手」が。

「旗本札」(はたもとさつ)とは、江戸時代に旗本が自領内で発行した独自紙幣とのこと。藩で発行したものは「藩札」と言った。最上氏は、出羽国の藩主・最上氏は御家騒動で、近江国の旗本に改易となった。茶葉納品と引き換えに発行されていたと見られている。

上記の旗本札からは、「銀3ふん」「銭百文」、「引換可相渡也」「江州大森茶会所」「以時相場金子」などの文字が読める。旗本札については、こちらが大変詳しく参考になった。 

「おかね」の歴史とデザインー京都教育大学所蔵 古紙幣の世界ー(京都教育大学)

茶から逸れてしまったが、注意深く店内を拝見すると様々な発見がある。中川誠盛堂さんでは、急須や宝瓶・蓋碗・宜興の紫砂茶壷などの茶道具も販売。抹茶や和紅茶・中国茶のお取り扱いもあり、鳳凰単叢に文山包種・そして武夷岩茶が特に充実している。

茶のことや茶器のことなど色々親切に教えていただき、大変感謝。

中川誠盛堂茶舗

中川誠盛堂茶舗
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