「開梆」(かいぱん)は、黄檗宗の寺院に特有の木製の法具で、時刻を知らせるためのものです。
隠元禅師が渡来した際、日本に伝えました。魚の形をした鳴らし物で、その形状から「魚梆」(ぎょほう)「魚板」(ぎょばん)「魚鼓」(ぎょこ・ぎょく)とも呼ばれています。また食事の時刻を告げる物であることから、「飯梆」(はんぽう)とも言います。
時を知らせる鳴らし物「開梆」
萬福寺の斎堂前の回廊には、体長2メートルほどの巨大な開梛が吊るされています。
この開梛は現在も使われており、長年叩かれている部分が変色し、鱗がはがれて削れています。木製が主流ですが、中には青銅製・目玉の部分がガラスでできたものもあります。
魚の形をしている理由
中国の禅宗寺院の生活規範「勅修百丈清規」の法器の章「木魚」の項に、「相伝えて云う、魚は昼夜常に醒む。木に刻して形を象り、之を撃つ。昏惰を警むる所以なり」と、開梆(魚板)を叩く理由が記載されています。
昼夜目を閉じない魚は不眠不休を表し、「魚のように昼夜の別なく寝る間を惜しんで、日夜修行に励むように」という修行僧への戒めとして、開梆(魚板)を打つとのことです。
木魚
齋粥二時長撃二通。普請僧衆長撃一通。普請行者二通。
相傳云。魚晝夜常醒。刻木象形撃之。所以警昏惰也。
勅修百丈清規(東陽徳煇 編、1342年)
中国の故事「登龍門」に則った「龍頭魚身」
開梛は、主に魚の形をしていますが、魚の体に龍の頭の「龍頭魚身」もあります。中国の故事「登龍門」にのっとたものと言われています。 、また珍しいものでは、長崎の黄檗宗寺院「興福寺」に、雄雌一対の開梛があります。
- 鯉(こい)
- 鯱(しゃち)
- 鯰(なまず)
- 龍
- 龍頭魚身(りゅうとうぎょしん)
煩悩のあぶくを吐き出す
開梛は、口に丸いものをくわえています。これは、あぶくで「煩悩珠」と言い(宝珠、くわえ玉と称すお寺も)、「貧・嗔・痴」の三毒を表しています。
三毒 | 意味 |
---|---|
貧(とん) | 貪り(むさぼり) |
嗔(じん) | 怒り |
痴(ち) | 愚かさ |
この三毒を浄化するために、開梆を木槌で叩き、腹から煩悩を吐き出させると言います。
開梛の鳴らし方
食事や法要の際、バット状の木槌(きづち)で開梛を打ち鳴らして、時刻を知らせます。
叩く箇所が、円盤状になっているものもあります。また、開梛の腹はくり抜かれており、下から見ると割れ目が見え、鈴のような形をしています。
開梆から転じて木魚へ
詳しい由来や歴史は不明ですが、開梆がその形を転じ、現在の丸い木魚の形になったと言われています。木魚は、一身二頭の竜または魚が向き合い、珠の周りをぐるりと囲んだ丸い形で、「円木魚」「団形魚」と言います。
開梆と木魚の違い
開梆と木魚の違いについて、表にまとめてみました。
木魚の形状 | 説明 |
---|---|
梆(ほう) | ・概要:日本に伝わった古式の木魚 ・形状:板状の魚形で、珠を加えている。龍の頭をしたものもある ・用途:時刻を知らせる鳴物 |
円木魚・団形魚 | ・概要:梆が転じたもの。通常、木魚と言えばこちらを指す ・形状:双頭の龍また魚が、珠の周りを囲んだ円形 ・用途:読経の際に用いる鳴物 |
開梛(魚板)のある寺院
開梛は禅宗の寺院にあり、主に黄檗宗・曹洞宗の寺院で見ることができます。分かる範囲で、開梛があるお寺をまとめました。
黄檗宗の寺院
- 黄檗宗 萬福寺(京都府) :約2mの開梛がある
- 黄檗宗 海宝寺(京都府) :足利義満愛用の魚板がある
- 大悲閣 千光寺(京都府)
- 黄檗宗 大福寺(奈良県) :青銅製の魚板。ナマズのような形
- 黄檗宗 正明寺(滋賀県) :萬福寺同様、斉堂の前に大魚板が吊るされている
- 黄檗宗 済福寺(滋賀県)
- 黄檗宗 永明寺(滋賀県)
- 黄檗宗 廣智寺(大阪府)
- 黄檗宗 自敬寺(大阪府)
- 黄檗宗 舎利尊勝寺(大阪府)
- 黄檗宗 弘福寺(東京都)
- 黄檗宗 瑞聖寺(東京都)
- 黄檗宗 瑞龍寺(石川県)
- 黄檗宗 西願寺(静岡県)
- 黄檗宗 東光寺(山口県)
- 黄檗宗 興福寺(長崎県) :雄雌一対の開梛がある。鰍魚(けつぎょ)の形
- 黄檗宗 崇福寺(長崎県)
曹洞宗の寺院
- 曹洞宗 大円寺(秋田県):室町時代のものと言われる古い魚盤(魚鼓)
- 曹洞宗 永泉寺(山形県)
- 曹洞宗 輪王寺(宮城県)
- 曹洞宗 興聖寺(京都府):道元禅師が開創した、曹洞宗の最初の寺院
- 曹洞宗 源光庵(京都府)
- 曹洞宗 東光寺(新潟県)
- 曹洞宗 永明寺(島根県)
- 曹洞宗 勝楽寺(愛知県)
- 曹洞宗 康全寺(愛知県):桃山時代の魚鼓。黒漆塗で目玉はガラス製
- 曹洞宗 永平寺(福井県):約3mの魚鼓(ほう)がある
- 曹洞宗 瑠璃光寺(山口県)
- 曹洞宗 禅昌寺(山口県)
- 曹洞宗 石雲寺(神奈川県)
- 曹洞宗 延命寺(千葉県):市指定有形文化財の鯉形の魚板。全長約270センチ
その他
武蔵野音楽大学に、珍しい鯛の形の開梛が収容されています。また、滋賀県のミホミュージアムには、江戸時代の開梛があります。
- 鯛形の魚板@武蔵野音楽大学 :鯛の形の開梛
- 魚鼓(魚邦)@MIHO MUSEUM:江戸時代(18~19世紀)の開梛
P.S.先日、「魚板」がクッションとして販売されているのを発見しました。口の煩悩珠は飛び出すしかけで、おなかには湯たんぽをいれられるそう。仏像だけでなく仏具もグッズ化される時代に。