チベットとブータンの茶碗|アジアの茶文化

ブータンの漆塗の懐中椀

ミャンマーの食べるお茶ラペソー」に続いて、アジアの茶文化シリーズの2回目。

今回は、チベットとブータンの茶碗と茶文化について。「漆がつなぐアジアの山々」展より、茶碗から見る遊牧民族の茶文化。

目次

チベットの茶文化

チベット_ラサ

チベットでは、バター茶(スーチャ)は日常茶飯の飲み物。

チベット仏教の寺院の一日はバター茶に始まり、朝な夕な飲まれるほか、客人へのもてなしにも登場する。

映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」でも、バター茶を飲むシーンがあった。

主人公がチベットを去る日、ダライ・ラマ14世との別れの場面。旅路に出る友への手向けの茶として、バター茶が振舞われる。二杯目は飲まず、そのまま置いておくのがチベットのしきたり。友が旅から再び帰ってくる、その日まで。

バター茶用の懐中椀

チベットのバター茶碗

バター茶の茶碗は、漆塗の木椀が用いられる。広口で浅く、口縁が立ち上がっている。

チベットでは、食器を衣の中に入れて持ち歩く習慣があり、軽くて丈夫な木椀が好まれたと言う。遊牧生活の中で産まれた知恵。

茶馬古道から伝わる磚茶

バター茶には、中国から輸入している固形茶(磚茶)が使われる。

地域名から「辺茶」「蔵茶」(チベット=西蔵)などと呼ばれ、中国雲南省の茶とチベットの馬が交換されていた。その交易路は、「茶馬古道」と呼ばれている。

こちらは、書籍「茶馬古道の旅~中国のティーロードを訪ねて~」(武田武史、2010年)。雲南からチベットまで茶の道を辿った旅の記録で、表紙はバター茶を飲む少女の写真だ。チベットの農家の朝食風景。

バター茶の作り方

チベットのヤク
チベット牛のヤク(ウシ科ウシ属)。チベット語のヤクはオスのヤクを指し、メスはディと呼ぶ。

バター茶は、ヤクのミルクから作られる。まずはバターを作る所から。

ヤクのミルクを細長い木桶「ドンモ」に入れ、木の棒を上下に振り、ミルクをよく撹拌する。ハンドミキサーの要領で、油分と水分(バターミルク)を分離させ、バターを作る。

よく牧場などで牛乳を瓶にいれて振り、バターを手作りする体験があるが、同じ理屈によるもの。

チベットのバター茶用茶器「ドンモ」
バター茶作りの様子。専用の茶器「ドンモ」は、細長い木筒に木の棒の撹拌機。

それから、煮出し茶とバター・塩をドンモに投入し、よく混ぜ合わせれば完成。重労働なためか、チベットのお寺などで、電動式ミキサーを使っているのをテレビで見たことがある。

バター茶は、中国語では「酥油茶」という。

見た目はミルクティーだが、茶というよりスープの方が近いかもしれない。とても分かりやすいバター茶作りの動画(※中国語)があったので、以下に掲載しておく。

チベットは、標高4,000m近い高原地帯。厳しい自然の中での暮らしにおいて、身体を温め、ビタミン豊富で栄養価の高いバター茶は、なくてはならないものなのだろう。

バター茶用の急須

そういえば、台湾の「国立故宮博物院」の清代の品茶&茶文化コーナーには、バター茶用の茶器が展示されていた。

当時、モンゴルの王侯貴族やチベットの高僧との交流が頻繁にあり、宴席でバター茶が飲まれていたという。豪華で華やかな装飾もうなづける。

チベットの黄金製茶器(国立故宮博物院)
チベットの黄金製茶器(国立故宮博物院 所蔵)
チベットのバター茶用ポット
銀貼鏤金龍紋把壺。チベットのバター茶用ポット(故宮博物院 所蔵、清代18世紀)

左の茶器は、ドンモに注ぎ口が付いたような形状をした急須。これによく似た形の急須で、チベット寺院の僧がバター茶を注いで回る映像を見たことがある。

大量のバター茶を注いで回るために、ドンモと同じくらいの大きさが、便利だからかもしれない。

ちなみに、ラサなどの都市部では、「チャガルモ」というミルクティーもよく飲まれているそうだ。紅茶に、粉ミルクとたっぷりの砂糖をいれた、甘いお茶。

ツァンパ入れ

 チベットのツァンパ

こちらは、ツァンパ入れ。

「ツァンパ」とは、麦を炒った粉のことで、バター茶を注いでこね、団子状にして頂く。日本でいえば、「麦焦がし」「はったい粉」「香煎」にあたるものだと思う。

ツァンパは、バター茶と共にチベットの人々の主食で、うつわには漆塗のフタ付木椀が用いられる。

ブータンの茶文化

ブータンの国旗

幸せの国・ブータンでも、バター茶(スジャ)が飲まれている。

バター茶用の懐中椀

ブータンのホップ

バター茶とツァンパを頂くための器。木目が活きる拭き漆で仕上げられている。

懐中に忍ばせるため、チベットと同じく、軽くて丈夫な携帯用茶碗だ。高台の背が高い「馬上杯」のような茶碗もある。ブータンの漆は、漆の木ではなく、ハゼの変種の「セ」と言う木の樹液を使っているとか。

最高級の拭き漆椀「ポップ」

ブータンの最高級品の懐中椀「ポップ」
最高級品の懐中椀「ポップ」(ブータン、タシャンツェ、1992年)

杢が美しい木椀。ブータンの漆塗は、刷毛を使わず、素手で漆を刷り込むそうだ(ミャンマーも同じ)。漆を50回以上刷り込んだ器は「ポップ」(phop)と呼ばれ、最高級品。テマヒマのかかる作業だ。

木椀で使われる木の種類

何の木の茶碗なのか、記載がなく分からなかったのだが、後日調べた所、ブータンの漆椀には以下のような木が使われているそう。

  • ハンノキ (tak shing)
  • カエデ  (chalam shing)
  • カバザクラ(ak shing)
  • シャクナゲ(eto metho)
  • カバノ キ (tab shing)
  • ヤナギ  (langma shing)
  • アプシン (ap shing)
  • アアクシン(aak shing)

また、最高級の杯には「楓の木のコブ」の部分が使われるそうで、ポップの木地はこちらと思われる。

一番高価な杯は、チャラム(カエデ)の木にヤドリギなどが寄生した部分にできる瘤の木目の美しいもので、「ザ(dza)」と呼ばれる。

ブータンではこの種類の木は、杯に入った毒を消すと信じられている。木目の粗いものが「プォ・ザ(pho dza)」=男杢、木目が詰まってなめらかなものが「モ・ザ(mo dza)」=女杢と呼ばれる。

※出典:ブータン漆工芸の現状(松島さくら子、北川美穂、伊藤智志 著、2012年)

バター茶が飲みたくなってきたので、この辺で。

目次