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茶会記録

玉露茶席と茶香服@明治神宮外苑

茶心壺「朱竹」(平安春峰)
鎌倉彫 三橋鎌幽先生の講演会にて、主催の煎茶道 方円流の玉露茶席と「茶香服」(茶歌舞伎)の体験を。会場となった明治神宮外苑の聖徳絵画記念館は、方円流さんの稽古場があるのだそう。
 
※写真は、螺鈿細工の三器盆に、朱竹の茶心壺(平安春峰 作)。

煎茶道 方円流 碗筒手前

煎茶道方円流 碗筒手前

お茶席は、立礼式の玉露席で月見の趣向。

茶碗をしまうお道具「碗筒」(わんとう)を用いた碗筒手前で、竹の碗筒に金彩の茶碗(清鳳 作)がおさめられている。茶会会場は会議室のような所で、手前座を囲んでカジュアルな雰囲気。茶席に講演にと長丁場なイベント、正座ではないのがありがたかった。

松に三日月の香合

花は、玉の一輪挿しに秋海棠(シュウカイドウ)。秋海棠は、江戸時代に中国から伝来し、日本に帰化した花。香合は、松と三日月。

柿の宝瓶

 柿の宝瓶急須

柿形の宝瓶が目をひく(方円流さんでは、急須と呼んでいた)。作者は聞きそびれてしまった。ヘタが蓋に、茎が注ぎ口になっている面白いデザイン。

ボーフラ

釉薬のかかったボーフラ。平らな持ち手。

禅語「庭前有月松無影」

 禅語「庭前有月松無影」

お軸は、黄檗宗 萬福寺 第52代管長、道元仁明倪下の書で「庭前有月松無影」。

道元猊下は、明朝体の正当な継承者で書で有名な方だと、お家元に初煎会でお聞きしたことを思い出した(お軸は明朝体の崩し字)。

明朝体は黄檗宗がもたらしたもので、そのルーツは萬福寺の宝蔵院に収蔵されている「鉄眼一切経 版木」。日本のデファクトスタンダートの書体であることを考えるに、黄檗文化が日本にもたらした影響はとても大きい。

有聲軒の由来「欄外無風竹有聲」

この禅語について帰宅してから調べた所、この句には「欄外無風竹有聲」という続きがあった。

これは、萬福寺にある煎茶のお茶室「有聲軒」(ゆうせいけん)の名の由来の句なんだそう。直訳すると、以下のような意味かと思う。

 庭前有月松無影  月は出ているが、松に影はなく
 欄外無風竹有聲  外に風はないが、竹の葉音がする

尚、この禅語の出典は、「事文類聚」(祝穆 編、1246年)という中国の類書(※類書とは百科事典のこと)。該当の文章を見つけられず、どういった事物が元なのかまでは分からなかった。

茶香服(聞き茶)

茶歌舞伎

中国宋代の闘茶が日本に伝わった、お茶の銘柄を当てる遊興。日本では「聞き茶」「茶かぶき」(茶歌舞伎・茶香服)などと呼ぶ。

元々は、京都の栂尾産の茶を本茶(ほんちゃ)・それ以外を非茶(ひちゃ)として、茶の産地を飲み当てる遊びだった。これが普及し、賭博の要素が加わるなど、禁止令が出されるまでに。

闘茶の遊び

煎茶・玉露・茎茶などの種別を喫み分けるもので、単純に湯を投じるだけでは、少し慣れるとすぐにあたるため、水や熱湯や冷まし湯など、様々に入れて当てるようにする場合が多い。

さらに小川流では、競茶といって、参加した一人一人が、いかに上手に茶味を引き出すかを競う方法もある。

※煎茶入門(小川後楽、1976年)

様々なやり方があるが、今回は、煎茶入門に記載がある方式で、香り・色・味から茶の種類を当てる茶香服。

茶香服セット

「そのままでは簡単過ぎるので、わざと美味しくない淹れ方でお出しします」と、煎茶・玉露・茎茶と、3種類のお茶が、2回出された。これが意外と難しかった。

湯の温度も濃さもバラバラの状態で、3種の茶をまず飲む。熱湯で淹れた玉露、ぬるいお湯で香りのしない茎茶など、茶の個性を殺した形。

2回目で当てるのだが、1回目と同じ淹れ方&味で出されると思っていた所、特濃のお茶があったりと、まるで別の味。玉露は分かったけれども、煎茶と茎茶を間違うという体たらく。全問正解した人は2名いらっしゃった。まだまだの我が身。

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