青山通りからイチョウ並木を歩くと、明治神宮の正面に堂々と佇む、聖徳記念絵画館。
大理石をふんだんに用いた重厚な建物に、明治天皇の生涯を描いた全80点の絵画が展示されている。過日こちらで、鎌倉時代より続く仏師の血筋、三橋鎌幽(鎌倉彫 二陽堂)さんの講演会が行われた。
日本人として大切にしたいこと
テーマは、「伝統とは、文化とは、日本人として大切にしたいこと〜伝統継承者の視点〜」。
伝統・伝承・文化とは
講演はまず「伝統と伝承の違い」に始まり、伝統文化とよく言うが、そもそも文化とは?など、普段、何気なく使っている言葉の意味を、改めて問いかけられる内容に。
- 伝統と伝承:政治色の有無、伝承は口伝、伝統は革新など、幾つかの見解がある
- 文化 :3人以上で共有・伝播されるもの(分類例:1神教/多神教)
文化はどんどんと増えていくものであり、現代の文化は「多様化する文化」「選択する文化」。
一般市民が文化を選べるようになったこと、趣味の選択の幅が広がったこと。伝統文化の現況について、情報化&一億総中流化の文脈からのお話。可処分所得や可処分時間も減っているので、現代は必然として、茶道などの伝統文化が選ばれる比率や人数が減少している。これは文化だけでなく、サービスや商品を提供している企業にも言えること。
日本のものづくり
日本のものづくりにおいて大切なことは、「誰に向かって作っているのか」。
神仏なのか、人なのか。伊勢神宮の式年遷宮を例に、神仏に向けたものづくりのお話をお聞きした。
神様に捧げる物は、できあがるもの自体だけでなく、作る過程や行為もしっかりしていないといけない。いつも斜め上から見られているような意識がある、と。作った人は、自分が作ったことを言ってはいけないし、経歴にも書けない。そして、日本のものづくりは、神仏に向けたものづくりが中心となっている。
日本文化を学ぶにあたっても、誰のための文化なのか、その時の宗教観は何かといったことが大事になる、という。
鎌倉彫の茶碗
青の茶碗
新作の抹茶茶碗を見せて頂く。木製の漆塗茶碗、手に持たせて頂くと驚くほど軽い。
鎌倉彫というと、朱か黒のイメージが強い中、ピーコックブルーが目を引く。珍しい色合い。これは「黒漆に負けない青」の顔料ができたからこそ、現代ならではの青い色の漆塗茶碗とか。
昔は、岩石や植物から青い色を採取していたが、江戸時代にヨーロッパから人工の顔料が日本に入ってくる。この舶来の青を愛し、「冨嶽三十六景」などの名作を残したのが葛飾北斎。現代では伝統とされるものも、当時は最先端で斬新なものだった。青の系譜に連なるこの茶碗も、未来の伝統へつながっていくものなのだろう。
光の茶碗
こちらは、漆の上に金箔を全面に貼った茶碗。
金というと装飾のためという印象を受けるが、金閣寺を例に「漆と金箔の機能性」のお話が興味深かった。
漆を塗ることで、木は燃えにくくなる。しかし、漆は紫外線(日光)に弱い。その為に金箔を貼りつける。「漆=耐火性&金=耐光性」という、理にかなった組み合わせ。
職人の仕事は「求められる形の具現化」であり、そこに作り手の精神的なものは入り込む余地がない、という混じり気のない言葉が印象的だった。
伝統文化を継承するということ
「伝統文化」といえば「守る」「継承する」ことが、決まり文句のように思い浮かぶ。三橋さんは、「自信を持って楽しむことが次につながる」と、何度もおっしゃっていた。
- 「伝統工芸は作り手がこの世を去っても、物さえ残っていれば復興することができる」
- 「楽しんだ記録を作っていく。そうすれば過去を学び、魅力を感じた未来の人が復興する」
ものが残れば技術が残る伝統工芸と違い、「〇〇道」は人伝なので難しい部分はある。しかし、究極は遊びのもので、心の豊かさを追求した行為。
「文化は守るのも大事だが、伝えることが大事」という言葉が心に残った。