過日、新宿御苑の茶室「楽羽亭」にて、中井霜仙先生の「深思庵」拝受記念の煎茶会が執り行われた。総師範になられた震災の年に東京で稽古場を開かれ、2023年で12年目。干支が一回り。
新宿御苑
新宿御苑、快晴。suicaで入場できることに驚く。借景に高層ビルがあることが、東京らしい。かなり早く到着したので、せっかくなので御苑内を散策する。
閩南式建築の「旧御涼亭」(台湾閣)
広い庭園内には、温室や旧洋館御休所などがある。目をひいたのは、中国様式の「旧御涼亭」(台湾閣)。
池の上に経っており、反り返った屋根が特徴的。こちらは、台湾在住の邦人有志のみなさんが寄贈した建物で、台湾の「閩南(びんなん)式建築」。
設計をてがけたのは、台湾総督府の営繕課技師にして建築家、森山松之助。日本近代建築の祖・辰野金吾の弟子で、台湾では森山氏の設計した建物の多くが、貴重な文化財として国や市の古跡に指定されている。
「閩南式建築」は、中国南部の福建省を起源としており、「福建建築」とも言うそう。
福建省と言えば、隠元禅師の故郷。黄檗宗は福建省から伝わった。また、売茶翁は若かりし頃、長崎の唐寺で福建省の茶「武夷岩茶」を初めて口にしている。福建省は煎茶と縁濃い地。ぶらりと散歩していたら、思わぬ所で茶につながった。
皇室の休憩所だった「楽羽亭」
本日の茶会会場である「楽羽亭」(らくうてい)は、元々は新宿御苑が皇室庭園だった明治39年頃に建てられた茶室。
当時は皇室の休憩所だったとか。戦災で焼失しており、現在の建物は昭和62年に再建されたもの。
境内には梅が数多く植えられており、早春はさぞきれいなことと思う。貸し切りでない日は、一般に公開されており、抹茶と季節の生菓子をいただける。
小間(4畳台目)・広間(10畳)・立礼席(30席)の3つの茶室があり、今回は広間と立礼席に、茶席が設けられた。
平成六景(啜り茶)
先代お家元の力強い「無力」。本日の茶会のテーマとあり方を表す言葉。
お菓子は、半月にうさぎ。稽古場を開設された年、2011年の干支の卯にちなむ。お茶は、小ぶりなすすり茶碗にて二煎出し。
十牛図
結界は「十牛図」。上の図は、右から第一図~第六図まで。
なんとなく違和感があり、帰宅後に調べた所、第五図の牧牛、「牛を飼いならす」がない。代わりに第六図の「騎牛帰家」が五番目に描かれ、その後に逃げた牛をぼんやり見送る人が描かれていた。意図があってのことだと思うが、これはどういうことなのだろう。
廓庵禅師の「十牛図」と普明禅師の「牧牛図」
十牛図にはいくつか種類があり、内容が異なる。日本で一般に広まっているのが、廓庵禅師の「十牛図」。一方、朝鮮や中国では、普明禅師の「牧牛図」がメジャーだそうだ。
以下、「禅の十牛図から見る日中「文化」の差異と西田哲学の「表現」思想」(京都産業大学世界問題研究所)を参考に表にまとめた。これを見ると、普明禅師の「牧牛図」では「最初は黒かった牛が少しずつ白くなっていく」という特徴がある。廓庵禅師の版では、「牧牛」から突如牛が白くなっている。この違いも興味深い。
廓庵「十牛図」 (日本で普及) | 普明「牧牛図」 (中国/朝鮮で普及) | 今回の結界 | |
---|---|---|---|
第一図 | 尋牛(牛を探す) | 未牧(未だ牧せず) | 尋牛 |
第二図 | 見跡(牛の足跡を見つける) | 初調(初めて調す) | 見跡 |
第三図 | 見牛(牛を見つける) | 受制(制を受く) | 見牛 |
第四図 | 得牛(牛を捕まえる) | 廻首(首を廻らす) | 得牛 |
第五図 | 牧牛(牛を飼いならす) | 馴伏(馴れ伏す) | 騎牛帰家 |
第六図 | 騎牛帰家(牛に乗って家に帰る) | 無碍(さまたげ無し) | 任運? |
第七図 | 忘牛存人(牛が忘れられ人が残る) | 任運(運に任す) | 独照 |
第八図 | 人牛倶忘(人も牛も忘れられる) | 相忘(相い忘れる) | 人牛倶忘 ※円相 |
第九図 | 返本還源(本源に還る) | 独照(独り照らす) | 返本還源 |
第十図 | 入鄽垂手(人間に入り、人を救う) | 双泯(ならび泯する)※円相 | 入鄽垂手 |
今回の結界の十牛図は、廓庵禅師の「十牛図」と普明禅師の「牧牛図」の折衷で、右から「騎牛帰家→任運→忘牛存人」ということか。「牛(自分の心)は、飼い慣らせるものではない。運に任せよ」というメッセージなのかもしれない。全く見当違いかもしれないけれど、解釈は自由な世界。
平成ニ景(玉露)
二席目は立礼席にて、柄杓のお手前。広々としており、煎茶の茶会にぴったり。
背の高い涼炉や床にも、龍虎や四神の玄武とお家元の絵尽くし。東洋と西洋が混じりあっているような印象。
絵柄は全くちがうのだけれど、絵本作家・エロール・ル・カインを思い出す。「イメージの魔術師」とも呼ばれるル・カインは、シンガポール生まれ。日本、香港、インド、イギリスと、西に東に転々とし、各国の文化を吸収した人だった(ル・カインの作品は、山梨県北杜市にある「えほんミュージアム清里」に、世界屈指のコレクションが所蔵されている)。
渋い表面とは裏腹に、内側に金箔と銀箔をあしらったガラス茶碗。お茶を飲み干すと、底が透けて見えるというにくい演出。久しぶりに茶会に参加し、お久しぶりな方にも会えて、非常に楽しい場だった。