文人趣味の書院「小蘭亭」|北大路魯山人の装飾美

滋賀県長浜市に、北大路魯山人が内装を手掛けた書院がある。

その名は、「小蘭亭」(しょうらんてい)。近江商人・安藤家屋敷の離れにあり、食客として招かれていた魯山人は、小蘭亭に居住しながら「天井絵・篆刻額・篆刻扉・襖・障子・地袋」などを手掛けた。当時32歳。

通常は非公開だが、年に何回か特別公開されており、書院の内部を拝見することができる。

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安藤家屋敷

北国街道_安藤家@滋賀県長浜

安藤家の屋敷は、長浜駅からほど近く、風情のある古い街並みにある。

紅殻格子(べんがらごうし)、虫籠窓(むしこまど)などが施された、近代和風建築。2008年に一度閉館したが、2012年4月に再開された。小蘭亭は通常非公開だが、安藤家屋敷自体は、通年見学することができる。

北国街道_安藤家屋敷@滋賀県長浜市

魯山人の刻書看板「呉服」

北大路魯山人の作成した看板「呉服」

大広間には、魯山人の最高傑作といわれる篆刻看板「呉服」が常設展示されている。

巨大な欅の一枚板を彫り上げており、重厚感あふれる一枚。「呉」は亀を表し、「服」は鶴を模しているとか。

左端に「中村合名会社 為 魯卿山人作」とあり、落款には「大観」と彫られている。安藤家の家業は呉服商で、福島の老舗百貨店「中合」(旧中村合名会社)を経営していた時代、この額は掲げられていたという。

母屋には、「清閑」(大正5年 稚弊一笑 魯卿)と力強く彫られた篆刻看板も。どちらの看板も、彫りこんだ文字に恐らく緑青を塗っている。

布施宇吉の作庭「古翠園」を見ながら、小蘭亭へ。この庭園は、琵琶湖の「湖水」にかけて名付けられたとか。

小蘭亭の外観

結霜ガラスに卍組

安藤家離れ「小蘭亭」@滋賀県長浜

窓のくもりガラスには花のような文様に、中国風の木の卍組。このガラスは「結霜(けっそう)ガラス」(グルーチップガラス)と言い、霜が降りたように見えることから、その名がついたとか。

現在は作ることができる職人さんがおらず、割れてしまったら、それで終わりだそう。小蘭亭の結霜ガラスとよく似た貴重なガラスが、東京都渋谷区の重要文化財「旧朝倉家住宅」で使われていた。繊細な文様が美しい。

花文様のくもりガラス(朝倉家住宅)
花のようにも見える結霜ガラス(旧朝倉家住宅)

氷裂組の竹欄干

 小蘭亭の渡り廊下

母屋から渡り廊下へ。竹の氷裂組の欄干は、煎茶席の結界のよう。

床板は、色の違う菱形の木板を組み合わせ、市松文様に。天井は籐網代。まるで茶会へ向かうような気分に。

篆刻額「小蘭亭」

小蘭亭の入り口

入り口には、「小蘭亭」の額が。

小蘭亭は、中国の書聖・王羲之が「蘭亭曲水序」を書いた場所「蘭亭」(現在の浙江省紹興市)にちなみ、魯山人が名付けたもの。内装は、文人趣味に徹したという。

長扉には、透かし彫りで「寿」の文字。板戸の裏には、「蘭亭曲水の序」の篆刻が。原文の石碑は、中国の紹興市の蘭亭にあるという。

安藤家離れ「小蘭亭」

篆刻や書を製作していた長浜逗留時代、魯山人は「福田大観」と名乗っていたため、小蘭亭の額には「大観」と彫られている。

※小蘭亭の内部は撮影不可。以降の写真は、館内の展示板を撮影したものと、安藤家公式FaceBookページより。

小蘭亭の内部|中国風の異空間

扉の奥には、日本とは思えない空間が広がっていた。緑・青・赤と色鮮やか。100年前に作られたとは思えない。6畳程の広さに、エキゾチックなデザインが異彩を放つ。

お軸は、「漢瓦四種」(大観学人 筆)。
ヤタガラスの絵に「延壽」「長楽中央」「日林」「延年」の文字が刻まれた、4枚の漢瓦の絵。漢瓦とは、中国の漢代に焼かれた瓦のこと。館内スタッフの方がいらっしゃって、1つ1つ説明してくださった。

襖絵「長楽未央・千秋萬歳」

 小蘭亭のふすま(北大路魯山人)

部屋に入り、まっさきに目を惹くのは、迫力のあるふすま。

描かれている「長楽未央 千秋萬歳」文字は、「楽しみはまだまだ尽きることがなく、これからも続く。千年も万年も」という寿ぎのことば。

上下の桃色の地色の部分には、雲と鳥、人と馬が描かれ、引き手には、「天」「朗」「氣」「清」の一文字がそれぞれ彫られている。

スタッフの方が、襖を開けて中を見せてくださった。なんと、そこには白い漆喰壁の「蔵」が。和室に直接つながっている。ここに、さまざまな芸術品をしまっていたのだろうか。

 小蘭亭の床脇の地袋(魯山人の篆刻)

奥の床脇の地袋には、様々な書体で彫られた「福」と「寿」の文字。金塗りに文字が踊り、楽しげ。金の地色に雷文様で四方を囲み、こちらも中国色が強い。

丸窓障子を組み込んだ襖

小蘭亭のふすま(北大路魯山人)

入り口の襖は、大胆にも中央をくり抜かれ、障子がはめ込められている。

大きな赤い円が、いかにも中国風。写真では見えないが、襖の引手には、「是」「日也」と彫られていた。説明によれば、こちらも「蘭亭曲水の序」 の一説にちなんだ文字だとか。

緑青色の杉綾文様の天井絵

杉の一枚板の天井は、一面淡い緑青色。杉板を、杉綾文様に塗るというユーモア。中央には大きく青い円に「寿」。虎竹がアクセントとなっている。

この天井絵は、魯山人が勝手に描いたものだそうで、当時、安藤家の奥様はかなり怒っていたとか。

扁額「自怡悦斎」

襖の上には、「自怡悦斎」と書かれた額が掛けられていた。こちらは魯山人の作ではないよう。

 山中何所有 嶺上多白雲 (山中 何の有る所ぞ、嶺上 白雲多し)

 只可自怡悦 不堪持贈君 (只だ 自ら怡み悦ぶべし、持して 君に贈るに堪えず)

帰宅後に調べた所、中国の陶弘景(とうこうけい 456~536)という方の詩「詔問山中何所有賦詩以答」を踏まえたものらしい(元は「寄」となっている部分が、小蘭亭の額では「贈」となっている)。

梁の武帝の「(貴方の住む)山中には何があるのか?」という問いに対し、「嶺の上にはいくつも白雲が浮かんでいます。ただ私は見て楽しむだけで、陛下にお届けすることはできません」と陶弘景が答えたもの。

任官を辞し、清閑の暮らしをする隠者の心意気だろうか。

若かりし頃の魯山人が過ごした場所、小蘭亭。1つ1つの意匠やデザインが凝っていて、遊び心にあふれている。安藤家屋敷の外部からは、想像もつかない空間が広がっていた。

  • 北国街道 安藤家(滋賀県長浜市元浜町8-24)
  • 2018年 秋の特別公開 2018/9/22~11/4 9:30~17:00(最終日は午前中まで) 
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