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煎茶道具・茶器

涼炉・風炉

白泥 色絵 人物文 涼炉(欽古堂亀助 作|東京国立博物館 所蔵)

涼炉(りょうろ)は煎茶道特有の道具で、お湯をわかすための焜炉(こんろ)です。「冷炉」「茶炉」「風炉」とも呼び、ボーフラと涼炉台(涼炉を置く台)とセットで、使用されます。

※画像は「白泥 色絵 人物文 涼炉」(欽古堂亀助 作|東京国立博物館 所蔵)

火を起こすための道具「涼炉」

初煎会2018の涼炉

元々中国では、涼炉は持ち運びできるコンロとして、野外で茶を淹れるために使われていました。

日本に伝来した後、野外だけでなく室内でも利用され、煎茶道でお手前にかかせない道具となっています。

青湾茶会図録(1863 田能村直入 1巻 20P)売茶翁百年忌に開催された煎茶会「青湾茶会」の記録。「青湾」は、かつて大阪の桜宮の大川にあった小さな湾で、この水は煎茶に適すと言われていた。

涼炉

涼炉は灰をも入れず鉄三脚をも用ぬ炉なり。俗これをコンロといふ。唐製をよしとす。

形雅にして火つよく熾るを用ゆべし。当時京都の陶工清水六兵衛、五条建仁寺町に住す、唐製を模するも妙を得たり。此六兵衛造る所の小涼炉揚名合利の印あるは、唐涼炉のうつしなり。

形ちいさけれども火よく熾、他所へ持行もよし。二重涼炉も華物をうつして作れり。

持扱うに手熱からず。火をあふぐに灰ちらずしてよし。其外さまざまあり。
作は此人に限らず湯の沸ことの速なるを用ゆべし。

※出典:煎茶略説(澤田楽水居 著、1798年)

江戸時代の涼炉の記録

「煎茶略説」では、江戸時代、京都の陶工・清水六兵衛が、「揚名合利」の印をいれた、中国の涼炉の写しを作っていたことが記されています。

煎茶略説(澤田楽水居 著、1798年)

隠元禅師が持参した煎茶道具の中にも、涼炉がありました。禅師の涼炉は、楕円形の風紋の下に、透かし彫りで「卍卍卍」と、卍の字が3つ施されているものでした。

涼炉の素材

素焼きの白泥の涼炉。涼炉台も同じ素材でセットとなっていることが多い。

素材は白泥(はくでい)の素焼きが多く、上部に炭を入れて火をおこし、ボーフラの湯を沸かします。

ボーフラを載せる穴の部分は、「火袋」と言います。

素焼きのほか、本体が陶器で、火があたる部分だけ素焼きにし、取り外せるようになっているものや、炭を使わない電気式のものもあります。

鮮やかなブルーの陶器製の涼炉。透かし彫りが施されている。

涼炉の形状

炉身の形

「煎茶訣 上巻」(深田精一  嘉永2年、9ページ)

「煎茶訣 上巻」(深田精一  嘉永2年)

涼炉の胴体の形により、色々な種類があります。大きさは色々ですが、おおよそ高さは24cm前後、胴の太さは12cmくらいのものが標準と言われています。持ち運びやすいよう、背の低い涼炉もあります。

四角(方式) 胴体が四角形
太鼓胴形 中央が膨らんでいる形
鬼の腕(かいな)形 上下がせり出し、中央がえぐれている形
円筒形(筒式) 胴体が円柱の形
 

炉身の4つの基本形

上部の形

涼炉の炉身の形

「三峰炉」型の涼炉。涼炉台は涼炉と同じ白泥の陶器が主流だが、こちらは磁器となっている

ボーフラを上に載せるために、涼炉の上部には、爪が3つ付いています。

上部の爪の形の違いにより、以下の2種類の炉があります。

三峰炉 爪の間がえぐれて、低くなっている形
一文字炉 爪の間が平らで、一直線になっている形
 

火袋に炭を入れ、三つの爪の上にボーフラを置く。

風門の形

「風門」(ふうもん)は、風抜きのために涼炉に開けられている穴です。炉扇であおぎ、風門から風を送って炭火を起こします。

隠元禅師が持参した煎茶道具の中にも、涼炉がありました。禅師の涼炉は、楕円形の風紋の下に、透かし彫りで「卍卍卍」と、卍の字が3つ施されているものでした。

  • 長方形
  • 亜字形
  • 木瓜形
  • 開唇形
  • 円窓形
  • 開扇形
  • 楕円形
  • 舌出し形

円筒形&一文字炉の涼炉。 風門の形が変わっている。

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