売茶翁の足跡を辿る|京都編(洛西)

桜の花

京都・洛西での売茶翁の足跡を辿ります。

目次

高山寺@右京区

高山寺@京都

「遠く霊苗を求めて 大唐に入り 持し帰って 西老 扶桑に播す」(賣茶口占十二首)

売茶翁は、栄西が留学先の中国(=大唐)から持ち帰った茶を、霊苗(品質の良い素晴らしい苗)と讃えています。偈語に直接地名は出てきませんが、売茶翁は何度か高山寺を訪れています。

売茶翁唯一の著作「梅山種茶譜略」

梅山種茶譜略(売茶翁 高遊外 著 天保9年)※出典;国立国会図書館サイト

売茶翁の唯一の著作「梅山種茶譜略」は、高山寺からの依頼で74才の頃に執筆されました。

神農の時代からの茶の歴史、中国から日本に茶が伝わった歴史などが書かれている茶の本です。梅山とは梶尾山の別称で、初めて梶尾の茶を飲んだ売茶翁は、「色香滋味 殊に群を出て 扶桑最上の佳種と稱する」と、絶賛しています。

梅山種茶譜略(売茶翁 高遊外 著 天保9年)
梅山種茶譜略(売茶翁 高遊外 著 天保9年)※出典;国立国会図書館サイト

また、売茶翁は梶尾茶の注釈に、長崎で中国茶を飲んだことなどを記しています。

  • 童僧の頃、師の化霖道龍に随行し、長崎を訪れた
  • 長崎で、中国からの渡来僧に「武夷茶」(中国福建省の銘茶)を振る舞われる
  • 僧から聞いた武夷山の話より、梶尾の地は武夷に風土が似ている

予 童僧タリシ時、師に侍メ 長崎ニ至ル。唐僧其公接待 甚(はなはだ)厚シ。武夷茶ヲススムル次デ。話武夷山ニ及ブ。山川秀簾ニシテ、茶樹繁茂スト。其説 甚(はなはだ)詳ナリ。

其言ヲ追憶スルニ、梅尾(=梶尾のこと)ハ大小高低 異ナリトイヘモ、頗ル(すこぶる)武夷ノ風致ニ髣髴(ホウフツ)タリ。

梅山種茶譜略(売茶翁 高遊外 著 天保9年)

仁和寺@右京区

仁和寺の御室桜(出典:京都の桜写真

「落下桜桃 花を称すは 御室を以て 第一と為す」(掲御阜茶舗)

洛中・洛外において、桜や桃の名所は御室が第一と歌っています。桜の木の下で、茶を振舞っていたのでしょうか。

江戸時代の京都の名所案内「京城勝覧」(けいじょうしょうらん)でも、儒学者・貝原益軒が仁和寺の桜を「洛中洛外にて第一とす」と絶賛しています。

春はこの境内の奥に八重桜多し、洛中洛外にて第一とす、吉野の山桜に対すべし

京城勝覧(貝原益軒 1706)

仁和寺にのみ咲く「御室桜」

仁和寺には、仁和寺の境内にだけ咲く特別な桜、「御室桜」(おむろざくら)があります。

正式には「御室有明」(おむろありあけ)という品種で、樹高が低い遅咲きの八重桜です。背の低い理由は、土地の岩盤質が固く、深く根を張れないためと言われています。

「花(鼻)が低い」ということから「お多福桜」とも呼ばれ、江戸時代から庶民に親しまれてきました。

天龍寺別院 臨川寺@右京区

天龍寺の庭園
天龍寺の曹源池庭園

「茗を煮て 岩台 鄙忱(ひしん)を伸ぶ」(恭値夢窓国師 遠忌乃辰)

夢窓国師450年忌にあたり、臨川寺 三年院 開山堂の池のほとりで、茶を献じています。

双ヶ丘@右京区

「西郊 館を借りて双丘に依り 杖笠 縁に従って去留に任す」(偶作)

1743年(69才)の春、洛西の双ヶ丘(ならびがおか)に移住します。この頃、生活に困窮していたようです。

双ヶ丘の名は、3つの丘が連なる地形に由来します。双ヶ岡・雙ヶ岡・雙岡などとも表記されます。山全体に古墳が多数あり、一の丘の横穴式石室は秦氏の長の墓と言われています。

江戸時代の見聞録「落栗物語」に、雙の岡(=双ヶ丘)時代の売茶翁の記述があり、伸ばした白髪に膝よりも長い髭と、仙人のような姿が描写されています。

雙の岡の麓に、賣茶翁と云人あり、年八十餘りて、頭は白き蓬を戴たる如し、髭長くして膝を過ぬべし、一の籠に點茶の具を入れ、みづから負行て、山林の面白きところ、水石の清き所にて茶を點じ、人にのませつつ、貴き賤きをわかたず、料のありなきを問わず、世の中の物語なんどのどやかにしければ、皆人翁になれむつびぬ、あまた人にしられて年を経ぬれど、いかなる事有ても怒りの色をあらはせし事なかりければ、世にありがたき事にいひけり

落栗物語(亜相家孝卿 「百家随筆」収録、出版年不詳)

吉田兼好が「徒然草」を執筆した地

徒然草(吉田兼好、慶長・元和年間)
徒然草(吉田兼好、慶長・元和年間)※出典:国立国会図書館サイト

双ヶ丘は、吉田兼好が晩年を過ごし、「徒然草」を執筆した地でもあります。

兼好法師は双ケ丘の西麓に草庵を結んで隠棲し、「契りおく 花とならびの岡の上(へ)に あはれ幾世の 春をすぐさむ」(兼好法師集)という和歌を残しています。

双ヶ丘の東麓・仁和寺の南にある長泉寺には、吉田兼好の墓と伝えられる「兼好塚」があります(江戸中期、西麓の旧跡から移されたと伝来)。

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